2015年3月30日月曜日

ホッチキスの謎

外来語の起源を探るのは、結構意外な発見があって楽しいものだ。

たとえば、「カルテ」と「カルタ」と「カード」。原語の意味は同じなのに、日本語では違った用途に使われている。

ドイツ語の「カルテ」(Karte)は「医師が診断した患者の病状・処置・経過などを記入しておく記録簿」、ポルトガル語の「カルタ」(carta)は「遊びやばくちに使う、絵または文字がかかれている長方形の小さな札。また、それを使った遊びやばくち」、英語の「カード」(card)は「一定の用途のもとに、四角く切りそろえた小型の厚紙や札」。(定義はいずれも明鏡国語辞典から。広辞苑より定義が短かったという、それだけの理由です。)

「アンケート」(enquête「アトリエ」(atelier)、「コンクール」(concours)などはフランス語から。英語だとそれぞれ「questionnaire; survery」「art studio」「contest; competition」。

外来語の中には、原語と意味が全く違うものも多い。「アベック」は「~と一緒に」を意味する、フランス語の前置詞「avec」から。男女が「一緒にいる」という連想だろうか。一体誰による造語なのか。

「mansion」は「大邸宅」を意味するが、日本語の「マンション」は「分譲形式の集合住宅」。頭に浮かぶのは都会の鉄筋高層ビルだろうか。日本では賃貸だと「アパート」、所有していれば「マンション」と使い分けている。イギリスや南アフリカでは、アパートの名前に「the Victoria Mansions」などと複数形で使われることもある。アメリカやカナダでは日本語の「マンション」を「コンドミニアム」(condominium)、略して「コンド」(condo)という。

「カバン」「ランドセル」「ズック」はオランダ語の「kabas」「ransel」「doek」から。

漢字だってあるし、どうみても日本語なのに実は外来語、というものもある。たとえば「お転婆」。オランダ語で「御しえない;不屈の;負けん気が強い」を意味する「ontembaar」が起源とか。

・・・キリがないのでこの辺で止めておく。

最近「発見」して楽しくなったのが「ホッチキス」。英語では「stapler」。JIS規格上の名称は「ステープラ」。NHKでは「ホチキス」で統一しているとのこと。「ステープラ」「ステープラー」より「ホッチキス」「ホチキス」の方が断然一般的である。

針なしを含めると、机のまわりに5個もあった

ホッチキスの語源については、前々から気になっていた。どこかの国の言葉で「ホッチキス」と呼ばれているのが日本語に導入されたのか、それとも商標名かメーカー名なのか。明鏡国語辞典には「アメリカの発明家ホッチキスの名に由来する商標名」とある。

良く知られた商標名が製品全体を表す一般名詞のように使われるのは珍しいことではない。アメリカで、電気掃除機メーカーの社名「Hoover」をそのまま「電気掃除機」(名詞)、「掃除機をかける」(動詞)の意に使う人に沢山出会った。「vacuum cleaner」「to vacuum-clean」という単語がちゃんとあるのに。

広辞苑によると、「ホッチキス」は「アメリカの兵器発明家ホッチキスBenjamin Berkeley H.1826-1885の名に因る」。兵器発明家がホッチキスを発明したのだろうか?

調べてみた。

結論からいうと、ベンジャミン・バークレー・ホッチキスは「ホッチキス」を発明していない。アメリカの銃製造会社に就職し、コルトリボルバーやウィンチェスターライフルなどの製造にたずさわったが、南北戦争後、米政府が兵器製造投資に関心を失ったため、フランスに渡ってオキチス社を設立(フランス語は「h」を発音しないので、「ホ」が「オ」になった)。機関銃、軽戦車、回転砲などを製造した。オチキス社は20世紀に入って自動車産業に参入し、戦車や乗用車を製造したが、ホッチキスは作っていない。

オチキス社の回転砲(Wikipedia

 ホッチキス違いかあ。。。更に調べてみると・・・。

ありました! 

19世紀末、ホッチキスが「ステープラー」ではなく「ペーパーファスナー」(paper fastener)と呼ばれていた時代のこと。当時のホッチキスは一度に一個しか針(staple)を入れることが出来なかった。一回ガチャンとするごとに、新しい針を入れなければならないという面倒さ。

そんな中、アメリカはコネチカット州の「EHホッチキス社」(E.H. Hotchkiss Company)が革命的な製品を開発。いくつもの針をつなげた長い金属片を1891年に特許化し、1895年に「ホッチキスペーパーファスナー第1号」(Hotchkiss No.1 Paper Fastner)を売り出した。

「ホッチキスペーパーファスナー」の画期的な針(Early Office Museum

EHホッチキス社の新製品はその使い易さから大当たり。あまりの人気のため、「ザ・ホッチキス」と呼ばれ親しまれた。「ザ・ホッチキス」が明治末期に日本に輸入され、「ホッチキス自動紙綴器」という名称で販売され、その名前が今日まで引き継がれてきたわけだ。

「ザ・ホッチキス」(mental floss

EHホッチキス社はとっくの昔になくなってしまったらしいが、日本ではまだ同社の「革命的製品」の愛称が一般名詞として広く使われている。時間と空間の、細いが綿々としたつながりを感じて、なんとなく嬉しくなった。

しかし、「ザ・ホッチキス」のデザインは完全ではなかった。針を切り離すのに、満身の力をこめてガチャンとしなければならなかった。ホッチキスの愛用者たちは、しばしば木槌を手元に置いていたという。更に、針をホッチキスに入れるのが至難の業。ドライバーとハンマーが必要だったほど。

ホッチキスが手軽になったのは、アメリカのジャック・リンクシー(Jack Linksy)が開発した「スウィングライン・スピード・ステープラー第3号」(Swingline Speed Stapler No.3)のおかげ。ホッチキスの上部を開けて、「つづり針」を落とし込むデザインを考案し特許を取ったのだ。ホッチキスのデザインは、リンクシー考案製品が販売になった1937年から今まで、殆ど変わっていないという。究極のデザインなのだろう。極めつくして凄い。



スウィングライン・スピード・ステープラー第3号(Branford House Antiques

・・・などと感動していると、ふと目に入ったのがこれ。




毎日使っている文房具だが、日本語でも英語でも名称を知らないことに気がついた。一体これまで、これが話題になった時何と呼んでいたのだろう。話題になりにくいモノなのかなあ。

気になる! 存知の方がいたら、是非教えてください。何語でも結構です。

【関連ウェブサイト】
A Brief History of Staples
Early Office Museum Antique Stapler Gallery

3 件のコメント:

  1. 最後の写真、英語は「punch」でした。車掌さんが切符を切る「穴開けばさみ」と同じです。日本語は?

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  2. 「(穴あけ)パンチ」です。

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