題名は『ヤマアラシの回想録』(Mémoires de porc-épic)。私が手にしているのは、その英訳Memoirs of A Porcupine。
かなり好奇心をそそられる。どんな内容なんだろう。本当にヤマアラシが回想録を執筆しているのか。それとも、着ぐるみを着た人間なんだろうか。村上春樹の羊男みたいな。。。ヤマアラシの皮はコビトが着るにしても小さすぎるけど、着ぐるみなら。。。子供向の本だろうか、ファンタジーだろうか、カフカの『変身』風純文学だろうか、倒錯した大人の物語だろうか。少なくとも、ありきたりの本でないことは確か。
表紙をめくると、著者の簡単な経歴があった。
アラン・マバンク(Alain Mabanckou)は1966年、コンゴに生まれた。現在ロサンゼルスに在住し、UCLAで文学を教える。『青・白・赤』(Bleu-Blanc-Rouge)で「サハラ以南アフリカ文学賞」(Subsaharan African Literature Prize)、『ヤマアラシの回想録』で「ルノドー賞」(Prix Renaudot)受賞。
緑がマバンク氏を生んだコンゴ共和国。赤がコンゴ民主共和国(元ザイール)。 |
「ルノドー賞」といえば、「ゴンクール賞」((Prix Goncourt)などと並んで、フランスで最も権威のある文学賞のひとつだ。
小説はこう始まる。
そう、僕はただの動物だ。人間だったら、バカで手に負えない動物、って言うところだろう。尤も、僕に言わせれば、人間の殆どはどんな動物よりバカで手に負えないけど。でも、人間にとって、僕はただのヤマアラシ。そして、人間は目に見えることしか信じないから、僕が特別だとは思わない。長くて尖ったハリに覆われ、猟犬ほど早く走れず、餌を食べている畑から動くこともしない怠け者の、あの哺乳動物の一匹に過ぎない。
やっぱり、着ぐるみじゃなく、本物のヤマアラシが主人公だったんだ。
しかし、このヤマアラシ、ただのヤマアラシではない。そんじょそこらの人間よりよっぽど知的なのだ。そして、キバンディ(Kibandi)という人間の分身だったのである。
ヤマアラシ君が分身を務めたキバンディは、2日前に死んでしまった。ヤマアラシ君はバオバブの木の下で休んでいる。休みながら、バオバブの木に、身の上話をしている。「回想録」のいわれである。表紙のように、ペンを握っているわけではない。
ヤマアラシ君によると、動物の「分身」には2種類ある。人間を守護する「平和な分身」と人間の手先となって悪事を働く「害をなす分身」だ。(フランス語ではそれぞれ「double pacifique」と「double nuisible」、英語では「peaceful double」と「harmful double」。)
「平和な分身」は人間を陰からそっと見守る。守護されている人間は、分身の存在を知らない。ところが、「害をなす分身」は、人間に命令されるままに日常的に殺人を犯す。そして、このヤマアラシ君は「害をなす分身」。殺人の武器は、無数にあるハリ。ハリを首にブスっと刺して殺してしまう。傷も証拠も残らない、綺麗な殺し方だ。(1970年代に『必殺仕掛人』というテレビ番組があったが、あれもハリを使った殺し屋じゃなかったっけ?)
「害をなす分身」を持つ人間には、もうひとつ分身がいる。姿形は元の人間にそっくりだが、口と鼻がない。だから、口をきくことも、食べることもない。人間が夜、外出する時、代わりにベッドに寝ることが主な仕事みたいだ。だが、奥さんが夜中に目を覚まして、夫に口と鼻がなかったら、絶対ばれてしまうに決まっている。一体何のためにいるのかよくわからない。しかし、実は、こいつが恐ろしいのである。『千と千尋の神隠し』に出てくる「カオナシ」みたいな怖さだが、後半、真相が分かると、その恐ろしさは「カオナシ」の比ではない。
なんだか、荒唐無稽で、とてもついていけない、と思うかもしれない。だが、一旦ヤマアラシ君の世界に入ってしまえば、結構リアルである。そして、コンゴの人々にとって、こんな話は荒唐無稽ではないらしい。特定の動物が守護霊的な役割を果たしたり、「分身」がいたりするのは、伝統に根差しているからだ。また、「自然死は存在しない」という考え方も根強いという。老衰も、事故死も、病死もない。全て、誰かに呪いをかけられたりした結果なのだ。だから、「害をなす分身」の存在がリアルに受け入れられる。
邦訳はないようなので、フランス語が出来る方は原著、出来ない方は英訳をトライしてみては? あまり難しい単語はなく、150ページ程度の短い本です。不思議な読後感が残ります。お薦め。
著者のアラン・マバンク(Wikipedia) |
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