アイスランドは人口が少ないため、遺伝子の研究が行いやすい。そこで、「デコード」社は政府の許可を得て、国民の遺伝子を使って研究を行い、利益の一部を国民に還元しているという話だった。一企業が国民の遺伝子情報をすべて把握するなんて、倫理問題や政治問題になりそうだけど、なんと先進的、理知的、現実的なことか。北欧のイメージにぴったりだった。
ところが、今回、『限りなく完璧に近い人々』(The Almost Nearly Perfect People)を読んで驚いた。将来のことを全然考えない、無茶苦茶なギャンブラーのような国民性なのだから。
(日経ビジネスONLINE) |
2003年から2008年の間、アイスランドの3大銀行は1兆4000万億ドルもの資金を借り入れた。これはアイスランドのGDPの10倍に当たる。
中央銀行の外貨準備高が250億ドルの国の銀行にこんな大金を貸す方も貸す方だが、当時のアイスランド政府は心配するどころか、起業家が銀行から融資を受けることを推奨。銀行から多額の融資を受けた起業家たちは、そのあぶく銭を湯水のように使いまくったのだった。
たとえば、デンマークの大デパートやイギリスのサッカーチーム「ウェストハム・ユナイテッド」(West Ham United)を買収。デパートなんて、今どきとても賢い買い物とは思えないし、サッカーチームはまずビジネスで大成功し、使い切れないほどの余剰金が生まれてから購入を考えるべきだろう。
そして、普通の国民まで、「ナイジェリアの詐欺メールでしか使われないような、途方もない財務計画を諸手(もろて)を広げて歓迎した」。日本円で融資を受けたり、スイスフランで住宅ローンを立てたりしたのである。「腰まで魚の内臓につかっていたアイスランド人が、一瞬にして、購入するポルシェ・カイエンのオプションを比較するようになった」という。
誕生日パーティーで一曲歌ってもらうために、わざわざエルトン・ジョンを呼び寄せたり、プライベート・ジェット機をタクシーのように使ったり、シングルモルトウィスキー1瓶に5000ポンド(今の為替レートで86万円)払うのを何とも思わなかったり・・・。全く見返りのないものに、銀行から借りたお金を使い果たしてしまった。「銀行から借りたお金は利子をつけて返さなければならない」という基本の基本を理解していないとしか思えない。
2008年後半、リーマンブラザーズ(Lehman Brothers)が破綻した時には、アイスランドの負債額はGDPの850%にまで膨れ上がっていた。(アメリカの負債額はGDPの350%。)あっという間にアイスランドの通貨価値は半減。アイスランドの銀行は株主にお金を貸して、自分の銀行の株を買わせていたので、株主は仲良く全員コケた。
政府には銀行の尻拭いをするお金がない。とうとうIMFや他国から多額の借り入れをするハメになる。金利は18%まで上昇。株式市場は77%の落ち込み。インフレ率は20%。通貨は80%の暴落。アイスランドの通貨が暴落したせいで、日本円建ての借金やスイスフラン建て住宅ローンの返済金額が一挙に増えた。それまで2%だった失業率は10%を超えた。首都レイキャビクでは犯罪が急増した。。。
しかし、リーマンショックがなくても、いずれは崩壊する運命にあったであろう、国を挙げての、浮かれに浮かれた支離滅裂経済だったのだ。
では、何故こんな、嘘のような事態が起こりえたのか。
著者マイケル・ブース(Michael Booth)は地理・歴史が培ったアイスランド人の国民性と、1983年に導入された政策に原因を見る。
アイスランド人の祖先は、バイキングの本場であるノルウェー西部から逃げてきた無法者。つまり、自由で豪胆なバイキングの中でも、キワメツケの荒くれ者なのだ。女性は道中、スコットランドやアイルランドでさらって調達したらしい。耐え難いほど厳しい寒さと不毛な土地で、政府も王様も軍隊もなく暮らしてきた。自然を宥めるための人身御供が捧げられた。近親相姦を防ぐための決まり以外、法律らしい法律はなかった。(マイケルー・ブースの説明はちょっと単純化され過ぎているような気がするのでチェック要。)
とうとう住民自身があまりの無法状態に辟易して、ノルウェーに統治を願い出る。13世紀のことだ。ノルウェーのオラフ王は住民をキリスト教に改宗させたが、余り熱心な信者とはならなかった。その後、デンマークによるノルェー併合に伴い、682年間もデンマークに支配される。独立は1944年と新しい。
疫病、海賊、火山噴火、過酷な自然のため、人口は数百年にわたって数万人程度だった。レイキャビクの博物館には、その時代の様子を物語る立体模型が沢山あるという。天然痘の流行、ペストの流行、飢饉、地表を覆う火山灰、死んでいく家畜・・・。1783年の火山爆発では、直後の飢饉により人口の4分の1が命を落とした。ヨーロッパ中で人口が急増した18世紀、アイスランドでは人口が減少している(1700年代初頭5万338人、1800年代初頭4万7240人という記録が残っている)。
今では人口約32万人の裕福で生産性の高い国になったとはいえ、自分にはどうしようもならない厳しい環境の中で、「先のことはわからない。計画しても無駄」という生活を数百年も送ってきたことから、刹那的な国民性が培われたことは想像に難くない。
バイキングの伝統も、派手な浪費に拍車をかけた。皆平等で、勇敢な者が尊敬されるのがバイキングの社会。そして、アイスランド人は小さい頃から、バイキングがいかに素晴らしいか耳にタコが出来るほど聞かされて育つ。昔話の中のバイキングはどの国でも尊敬されて、どこに行ってもすぐさま直接国王に謁見でき、歓迎されることになっている。だから、今でも「小国だけど誰にも負けない」という気概がある。それどころか、「他の国より優れている」「優れていなければならない」という現実離れした自負さえあるという。
マイケル・ルイス(Wikipedea) |
漁業はアイスランドで一番大きな産業である。ところが、1980年前後数年不漁が続き、元々無鉄砲なアイスランドの漁民はますます無鉄砲になっていった。どんな天候だろうと漁に出かけるため、危なっかしいことこの上ない。そこで政府は各漁師に、所有する船の大きさに応じて漁獲量を割り当てたのだ。「一年の漁獲量が決まっていれば、今必死になって魚を捕る必要がない。リスキーな漁をしなくなるだろう」と考えたのである。
ところが1991年、割り当てられた漁業権を漁師が売買できるようなったばかりか、将来の漁獲を抵当にして融資を受けることができるようになった。その結果、最終的に全ての漁業権が約15の企業の手に渡ってしまう。そして、15の企業で利益を上げた人々が儲けを銀行に移し始めた。潤ってきた銀行は調子に乗って色々なところから借り、また、国民に気軽に貸し付けまくる。。。刹那的な国民性と豪胆なバイキング気質が非現実的な消費を促進する。なにしろこれまで、こんなに裕福になったことがないのである。浮かれに浮かれてしまった。。。
アイスランドのバブルに歯止めがきかなかったのには、もうひとつ大きな原因がある。政治と経済の癒着である。独立党が1929年からずっと国を統治してきたこと、経済が少数の有力者に牛耳られてきたこと、そして人口が少ないことから、誰もが誰もを知っている社会、コネが全ての腐敗した社会になってしまっていたという。本来なら批判する立場にあるマスコミは、全て財界有力者の掌中にあった。
とすると、独立党政権が倒れたという意味では、経済破綻にもメリットがあったのかも。
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北欧5か国、ともすれば十把一絡(ひとから)げにしがちだが、一国一国見ていくと、それぞれに際立った特徴があって面白い。
次回はノルウェーです。お楽しみに!
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