2016年12月21日水曜日

トルドーの気配り組閣 トランプの「ワニで沼地を満たす」組閣

カナダの首相がかっこいい。ジャスティン・トルドー(Justin Trudeau)。フランス語読みではジュスタン・トリュドー。1971年クリスマス生まれの、もうすぐ45歳。去年第29代首相に就任したときは弱冠43歳だった。父親は第20・22代首相のピエール・トルドー。父親が首相だったときに生まれ、一旦は教鞭を取るものの、父の死後政界入りした。

見た目は「いいとこのお坊ちゃん」風キュート。これまで何度かインタビューを聞いた限りでは、頭脳明晰で進歩的、ユーモアがあり温かみに溢れる。「私はフェミニスト」と公言し、女性の地位向上に理解がある。堕胎に関しては「プロチョイス」(pro-choice)、つまり当事者である女性に選択の権利があるという立場。

大麻の合法化に賛成。大麻の普及を促進したいわけではなく、合法化することによって、子供たちを公に守り、違法麻薬販売で儲けている犯罪者を一掃することが目的という。また、これまでないがしろにされてきた、先住民の保護・援助にも力を入れている。更に、先進国の間で反難民感情が高まる中、人道的な立場から難民の受け入れに熱心である。

トルドー首相の理念は、組閣にはっきり表れている。適材適所、半数以上が女性(首相を除く閣僚29名のうち15名)、国の多様性を反映(シーク教徒4名、先住民2名など)、障害者2名、地域バランスへも配慮(全州から閣僚を選出)・・・。気配りの細かいこと!

トルドー首相(最前列中央)と閣僚たち

どんな人が大臣に任命されているか、具体的にいくつかの省を見てみよう。

保健相(Minister of Health)…医師
運輸相(Minister of Transport)… 宇宙飛行士
国防相(Minister of National Defense)… シーク教徒の退役軍人
農業・農産食品相(Minister of Agriculture and Agri-Food)… 元農業経営者
公安・緊急対応相(Minister of Public Safety and Emergency Preparedness)… ボーイスカウト
イノベーション・科学・経済開発相(Minister of Innovation, Science and Economic Development)…財務アナリスト
財務相(Minister of Finance)…成功したビジネスマン
司法相(Minister of Justice)… 連邦政府検察官、先住民の指導者
スポーツ・障害者相(Minister of Sport and Persons with Disabilities)…目が不自由なパラリンピアン
水産海洋相(Minister of Fisheries and Oceans)…イヌイット
科学相(Minister of Science)…博士号を持つ医療地理学者
移民・難民・市民権相(Minister of Immigration, Refugees and Citizenship)…移民問題評論家

専門家に任せる」という姿勢が一貫してうかがわれる。

カナダと対照的な組閣を現在行いつつあるのが、第45代アメリカ合衆国大統領に選出されたドナルド・トランプ(Donald Trump)。選挙運動期間中は「沼地から水を抜く」(drain the swamp)、つまり、「普通の国民が経済的に苦しむ中、私腹を肥やしてきた政界財界のエリートをワシントンから一掃する」と約束してきた。ところが大統領に選出された途端、既得権益を享受する人々で回りを固め始める。(もっとも、大金持ちに生まれ、私利私欲を追求することに70年の人生を費やしてきた人間が、そして、賄賂をばらまいてきたことを選挙運動期間中ですら自慢していた人間が、いきなり心を改めてクリーンな政治家になると期待する方が非現実的であろう。)

トランプの組閣はトルドーとあまりに対比的。既に決まったホワイトハウス幹部や閣僚級人事には、いくつかの特徴が見られる。(1)政治的経済的権力を持つ友人たちを多用していること。(2)トランプへの貢献度に対する「ご褒美人事」であること。担当省の仕事に関する知識や経験が皆無でもOKなのだ。(3)担当省の仕事内容に全くそぐわない考え方や経歴を持つ人物を平気で任命していること。(4)保守派・右翼ばかりであること。女性、マイノリティー、労働者、貧困層などの権利は後退しそうだ。(5)大部分が白髪の白人男性であること。

例えば、

国務長官(Secretary of State) レックス・ティラーソン(Rex Tillerson) 64歳
スーパーメジャーと呼ばれる国際石油資本6社の一社「エクソンモービル」(Exxon Mobil)の会長兼CEO。世界中に利権を持つ。ロシアのプーチン大統領と親しく、ロシアから勲章を貰っている。米史上初めての、公職経験ゼロの国務長官。地球温暖化を信じない。

エネルギー長官(Energy Secretary) リック・ペリー(Rick Perry) 66歳
元テキサス州知事。地球温暖化を信じない。「エネルギー省は不必要」「自分が大統領になったらエネルギー省を撤廃する」との発言歴あり。

労働長官(Attorney General) アンドリュー・プズダー(Andrew Puzder) 66歳
いくつかの大手ファーストフードチェインのオーナー。政府による労働市場管理保護に反対。最低賃金引き上げどころか、最低賃金が設定されていること自体に反対。トランプへの多額寄付者。

環境保護庁長官(Administrator of the Environmental Protection Agency)スコット・プルイット(Scott Pruitt) 48歳
オクラホマ州司法長官。石油業界に近い。地球温暖化否定論者。 長年にわたって環境保護庁を敵視。

財務長官(Secretary of the Treasury)スティーヴン・マヌーチン(Steven Mnuchin) 53歳
元ゴールドマン・サックス重役。公職経験なし。トランプ大統領選挙運動の財政担当。財務長官としての最大の仕事は「税制改革」。「レーガン以来最大の改革」(=富裕層を対象とした大幅減税)を目指すという。民主党のブラウン上院議員はマヌーチンの財務長官任命を、「沼地から水を抜くどころか、沼地をワニでいっぱいにするようなものだ」と形容している。

商務長官(Secretary of Commerce) ウィルバー・ロス(Wilbur Ross) 79歳
ハゲタカ」(vulture)「破産王」(king of bunkruptcy)の悪名を持つ投資家。推定資産290億ドル(フォーブス)。貿易協定に反対。トランプの長年の友人。

保健長官(Secretary of Health and Human Services) トム・プライス(Tom Price) 62歳
ジョージア州下院議員。 2000万人の国民に医療保険を与えたオバマ大統領の医療改革に断固として反対。女性の選択する権利に反対。

住宅・都市開発長官(Secretary of Housing and Urban Development) ベン・カーソン(Ben Carson) 65歳
元神経外科医。途方もない陰謀説を唱えたり、堕胎を奴隷制度、同性結婚を小児性愛に喩えるなど、非論理的で過激な発言で知られる。選挙期間中、数少ない黒人のトランプ支持者としてマスコミにしばしば登場した。公職経験も、住宅・都市開発に関する知識・経験もなし。

司法長官(Attorney General)ジェフ・セッションズ(Jeff Sessions) 69歳
トランプ支持を最初に表明した上院議員。人種差別的発言・行動で知られる。移民に対する強硬措置を主張。

ホワイトハウス主席ストラテジスト(Chief Strategist)スティーヴン・バノン(Stephen Bannon) 63歳
極右翼ウェブサイト「ブライトバート」(Breitbart)の元会長。トランプ選挙運動の会長。「ブライトバート」は白人至上主義、反ユダヤ主義、移民排斥、女性差別などに基づくヘイトスピーチで悪名高い。

・・・書いていてどっと疲れてきた。

国防関係をまとめると、国防長官(Secretary of Defense)、CIA長官国土安全保障長官(Secretary of Homeland Security)、国家安全保障担当補佐官(National Security Adviser)は揃いも揃って元軍人。それも、超タカ派ばかり。非軍人による文民統制の伝統が崩れると、懸念する向きも強い。

少数ながら閣僚になった女性たちはどんな人なのか。

運輸長官(Secretary of Transportation)エレイン・チャオ(Elaine Chao) 63歳
海運王の娘で、上院多数党院内総務ミッチ・マッコネル(Mitch McConnell)の夫人。様々な大企業の重役を務めている。

中小企業庁長官(Administrator of the Small Business Administration) リンダ・マクマハン(Linda McMahon) 68歳
米プロレス団体・興行会社WWE(World Wrestling Entertainment)の元CEO。推定資産10億ドル(フォーブス)。トランプへの多額寄付者。

教育長官(Secretary of Education) ベッツィー・デヴォス(Betsy DeVos) 58歳
夫はマルチ商法企業「アムウェイ」(Amway)創業者の息子で、同社の元CEO。一家の推定資産は510億ドル(フォーブス)。弟はイラク戦争で大儲けした警備会社「ブラックウォーター」(Blackwater)の創業者。

・・・右を見ても、左を見ても、「沼地」に浸りきっている人間ばかりである。

トランプの閣僚を一言で説明すると・・・

そもそも共和党は、経済的には「富めるもの」の利権を守り、思想的には保守的(女性の選択する権利、同性愛者の権利、マイノリティーの権利、労働者の権利、キリスト教以外の宗教の権利などに反対)。民主党はまったく逆の立場を取る。(20年くらい前までは、2党の支持者にオーバーラップする部分が随分あったが、最近の調査によると、現在はかなり2極化が進んでいるとのこと。)

だから、伝統的に、ブルーカラーの労働者は民主党支持だった。それが今回、トランプの巧みな扇動に踊らされてしまった。

また、ロシアが民主党のメールをハッキングし、トランプを助けたことと、FBI(一部に根強いクリントン夫妻嫌いが存在する)が「選挙に影響が出るような行為を慎む」という慣習を破って、トランプ有利になるよう選挙に手を染めたことも、クリントンにとっては痛手だった。

更に、危険な民衆扇動者が大統領に選出されることを防ぐために考案された「選挙人団制度」(Electoral Collage)が裏目に出た。クリントンの方が約290万票も得票数が多かったのにもかかわらず、トランプが選挙人団538票のうち306票を獲得して大統領に選ばれたのだから。因みに、得票数が2%以上少なかった候補者が選挙人制度のお陰で勝ったのは、1876年以来実に140年ぶり

そうは言っても、2017年1月にトランプが史上最年長(70歳)の大統領に就任することが決まってしまったのだから、アメリカ国民に対しては「グッドラック」と言うしかない。トランプの人事がアメリカの将来にどのように影響するのか、楽しみ・・・と言えないのが残念である。


私の住む南アフリカは、大統領の人事が国をめちゃめちゃにしてしまった良い例だ。ジェイコブ・ズマが大統領に就任してから6年半。ひとりでよくここまで・・・と感心するやら、情けないやら。閣僚職のみならず、警察、郵便局、電力会社、国営航空会社の長など、大統領が任命できる職をほぼすべて友だちに与えてしまった。そのほとんどがまったく無能。そして、縁故主義で職を得た人間が、自分で左右できる職を縁故主義で友人や親戚に与えても不思議はない。かくして、大小の権力を握るものが私腹を肥やすことしか考えないうちに、制度の解体は上から下へと浸透していく。

【参考記事】
"Donald Trump Is Choosing His Cabinet.Here’s the Latest List"(New York Times)
"Trump's cabinet picks: here are all of the appointments so far"(The Guardian)
"The Donald Trump Appointment Tracker"(Marie Claire)
"Donald Trump's talk of 'draining the swamp' rings hollow"(The Guardian)

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